二刀流といえばこの人を思い出します。吉岡雄二

現在プロ野球で二刀流といえば日本ハムの大谷翔平選手ですが、今から26年前1989年の甲子園でエースで4番で大活躍した選手がいました。それは帝京高校の吉岡雄二選手でした。吉岡選手はその年の春の選抜はエースで4番で出場しました。1回戦の報徳学園との試合では4番として豪快なホームランをかっ飛ばしましたがエースとしては報徳打線につかまり1回戦で敗退してしまいます。しかし吉岡選手はその年の夏の甲子園では5試合で3完封41イニング投げて1失点で優勝投手となりました。

もちろん4番としてもホームランを打つなど大活躍しプロも注目の存在となりその年のドラフトで読売ジャイアンツに入団します。投手として入団してするも目が出ず3年目で打者転向するもこちらも一軍では泣かず飛ばずの成績。甲子園でみせたような輝きはありませんでした。1997年に近鉄バファローズにトレードされたことで転機は訪れます。当時の近鉄バファローズは「いてまえ打線」と呼ばれるほど打線のチームで中村紀洋選手やタフィローズ選手などが在籍しておりその中で吉岡選手は徐々にその素質を開花させます。

そして2001年、吉岡選手は本塁打26本、打点85の成績を残し近鉄バファローズの優勝に貢献します。この年の吉岡選手は豪快な打撃ぶりで甲子園でみせたような輝きをすっかり取り戻していました。ちなみにこの年の伝説の優勝決定ゲーム、北川選手の代打逆転サヨナラ満塁ホームランを呼び込む先頭打者としてヒットを打ったのは他でもない吉岡雄二選手でした。その後吉岡選手は2010年まで現役を続けまして現在は指導者として活躍されています。今でも二刀流の話題が出るたびに、私は吉岡雄二選手を思い出します。